MIND

【適応障害、無職】プログラミングを選んだ理由〜どん底から人生変えるぞ

あなたがプログラミングを学ぶ理由は何ですか?

多分、「お金を稼ぎたい」とか「スキルを身に付けたい」という理由のかたが多いと思います。

あとは、「自由な働き方がしたい」そんな人もよく見かけます。

 

僕は、「プログラミングをやろう!」と意気込んで、色々とツイートしていますが、プログラミンを勉強することに至った経緯を全て書いておきたいと思います。

30才で嫁も子供もいて、プログラミング未経験の僕がなぜ、その道を選んだのか?

 

簡単に年表のようにすると、以下のような感じです。

  • パソコンを触るのが好き+医療は安定→医療事務へ
  • 激務とストレスに耐えて約8年
  • 副業アフィリエイトに手を出すも「何かが違う」
  • わずか29歳で部長に
  • 過労とストレスで適応障害に
  • そんな中この世に放たれた天使
  • 最高の人生を生きたいそのために
  • 「好き」を仕事に挑戦

 

これまでの人生を振り返りつつ、自分の価値観についてまとめておきます。

 

パソコンを触るのが好き+医療は安定→医療事務へ

パソコンを触るのが好き(俗にいうオタク)だったので、事務系を探しつつ、「安定してるところがいいな〜」とざっくりと進路を考えていました。

そんな時、友人が行く予定の専門学校のサイトを見たところ「医療事務」という文字が目に入ります。

 

僕は単純に「病院なら潰れないし、安定してそう!」と他の選択肢を探そうとせずに入学を決定w今思うとバカだったなと思います。

専門学校に3年間通い、そこそこの資格を取りつつ、地元の総合病院に1発で内定をもらいました。

 

当時、医療事務の男性は貴重な人材で、「ルーキーが来た!」とチヤホヤされ、「期待されているから頑張らないと」と、何とも新人らしい気持ちだったのを覚えています。

 

激務とストレスに耐えて約8年

とはいえ、病院の仕事はそんなにキレイなものではありませんでした。

  • 週に数回の宿直業務(朝8時〜翌朝12時までの勤務)
  • モンスターペイシェントのクレーム対応
  • 多部署からの無茶な要求
  • 医者からの無茶な要求
  • 院長からの強烈なトップダウン
  • サービス残業

もちろんこれらは、他の病院でも当たり前の「あるあるネタ」

僕の職場が特別だったわけではありません。

 

特に男性は、「将来的に役職者に」という暗黙の了解があったので、割り振られる業務も、女性の比ではありませんでした。

 

医師免許や看護師免許など、公的な資格を持っていない事務員は、院内での立場が弱く、たくさんの仕事が回ってきます。給料もあまりいいとは言えません。

 

そんな職場で約8年間頑張ります。

 

副業アフィリエイトにも手を出す「何かが違う」

このままではいけないと、副業を始めます。

手当たり次第に本を読み漁って、自分でできるものはたくさんやりました。

  1. ブログアフィリエイト
  2. 商標サイトアフィリエイト
  3. ライティング

 

ブログアフィリエイト

ブログアフィリエイトは、「特化型ブログ」を1サイト運営していまして、SEOを意識したライティングで月間10万PVありました。

アドセンスの収益は月に3万円くらいだったので、いいお小遣いになっていましたが、いつかのGoogleコアアップデートで順位がガクッと落ち、収益はすずめの涙に。

 

というのも、特化型ブログは「医療」に関する内容がメインだったので、モロに影響を受けたわけです。

 

商標サイトアフィリエイト

商標サイトアフィリは、特化ブログから得た収益から、中古ドメインを取りまくり、ブラックハットSEOで商標サイトを上位表示させるやり方でした。

一番収益性が高く、月に10万円〜15万円ほどの収入になっていました。ここで得た収入は、有料テーマを購入したり、中古ドメインを買ったりと、とにかく投資に使います。

 

しかし、同じくGoogleコアアップデートで順位がガクッと落ち、収益はすずめの涙に。

同じことの繰り返しですね。。

 

今思えば、働きながら挑戦してるな〜って感じがしますね。

 

 

アフィリエイトをがっつりやってみた感想は、「いつ順位が落ちるかわからない」という不安が常にあり、精神的に不健康になる。ということです。

これは、僕が求めていたものとは違う気がする・・。

 

そこで、始めたのがライティングです。

 

ライティング

ブログ記事の執筆や、アフィリエイトサイトの運営のスキルを活かし、ライターとして稼ぐことに。クラウドソーシングサイトに登録し、ライター案件をいくつか受注。

 

1文字2円の案件や、1.8円の案件を受注でき、月に数万円の稼ぎになりましたが、ライティングのためのリサーチや実際に執筆するのにかかる時間を考えると、時給がえらいことになりました。。

 

しかも、クライアントと連絡が取れなくなったり、なかなかお金が振り込まれなかったりと、ちょっと使いにくい。う〜ん。

 

色々副業をやって感じたのは、「家族との時間がなくなっていく」ということ。

これじゃ僕の求めているものとは違いました。家族との時間は大事にしないとダメだよね。

わずか30歳で部長に

副業もうまくいかず、とにかく「本業を頑張ろう、昇進だ!」と気持ちを切り替えます。男性は貴重な存在とはいえ、僕の他にも男性はいます。

他の人よりも成果を上げ、認められなければ昇進はありませんし、給料は上がりません。

 

「世の中金じゃあー」って訳ではありませんが、

 

お金があれば、自由度が増すのは確かです。

 

「偉くなって、職場の悪い体制も全て変えてやろう!」

 

そんな、将来の自由を求めて、とにかく頑張りました。

 

昇進するためにやったこと

  • ExcelVBAを独学して、職場の生産性を上げる
  • 統計学を学んで経営分析に貢献する
  • 職場内のムダを排除していき、サービス残業を減らす
  • 最新のシステムを導入し、生産性を上げる
  • プロジェクトのリーダーになる
  • 次なる新人を教育する

ExcelVBAも、統計学も、上司から命令された訳でもなく自主的に独学しました。学習した内容を職場で実践し、成果を上げていきました。

 

例えば、

毎回白紙の状態から作っていた請求書→1クリックだけで出せるようにした

数字をグラフにするだけの経営会議に、統計学のエッセンスを入れた

上司がちゃんと評価してくれたのかはわかりませんが、明らかに職場の生産性は向上し、残業率、定着率は改善しました。

 

副主任→主任→係長→課長→淡々と昇進するようになり、最終的に「部長」という役職へと到達しました。

ここまで約7年ちょっとくらい、ものすごい昇進スピードです。

 

業務量・ストレス>>昇給額・自由度

しかし、部長になった途端、業務量は激増します。

とにかく会議やミーティングが多い。毎日何かしらの会議やミーティングが催され、「関係あるか?」という内容でさえも駆り出されます。

 

それに加えて毎日多くの問題が発生し、僕の元に相談がきます。

患者や多部署とのトラブル、クレームなど、、、

 

自分の仕事を処理する時間がありませんでした。僕のやり方が悪いだけだった

 

となると、必然的にサービス残業です。

ですが、給料は上がらない。具体的には言いませんが、課長でも一般企業の新卒正社員に巻けるくらいだと思う。

 

給料だけではなく、昇進したとはいえ病院では全ての権力は「医者」にあります。

いくら部長になったとはいえ、「〇〇の根拠からこうするべきです!」と言ったとしても、お医者様が「嫌だ」と言えばそれまでなのです。。

 

これじゃあ何のために頑張ってきたのでしょう、僕は仕事の意味を見出せなくなっていました。

 

過労とストレスで適応障害に

昇進してから少しして、僕の体に変化が訪れます。

  • 慢性的な頭痛
  • 吐き気
  • 胸の痛み、息苦しさ
  • 不眠
  • 物忘れ

前から頭痛はありましたが、朝になると吐き気がしたり息苦しくなるのは辛かったです。

一番怖かったのは「物忘れ」です。

 

ある日、部下に仕事のことで相談を受けました。

「部長、昨日報告したことなんですが」

 

・・・

 

僕には覚えがありませんでした。

本人は「報告した」と言っているし、周りの人も報告しているのを目撃しています。

 

物忘れ、というより「集中力の極端な低下」と言った方が正しいでしょうか。

とにかく怖かったです。

 

 

そしてある朝、洗面所で吐き気と戦っている僕をみて、嫁が「これ以上働くと体が壊れるよ、仕事休もう」と言ってくれて泣きそうになりました。

「情けない、僕は病気なのか」と。

 

 

精神科を受診すると、「適応障害」という病名。

特定の環境において、精神が適応できなくなる病気ということで、異動や転職をすれば回復すると説明されました。

上司に謝罪し、休職させてもらうことになります。

 

そんな中、子供が生まれる

休職中に子供が生まれます。

可愛すぎて天使かと。

 

そして天使をこの世に産んだ嫁は神かと崇めました。

 

この天使を元気に育てて、守っていかないといけない。

強くなって、家族を支えよう。

 

強く思いました。

 

休職中の過ごし方

休職中は、「自分と向き合う」ことを中心に過ごしました。

特に、「自分の心は弱い」ということがわかったので、徹底的に自分の心の中を分析しました。

同時に、どんな状況においても動じないメンタルを手に入れるにはどうすればいいか?調べまくります。

 

それにはまず、自分の価値観を明白にする必要がありました。

自分の価値観について考え直す

自分について知るために、「価値観」を探っていきます。

  • どんな時に僕は不安に感じるのか?
  • どんな時にストレスを感じるのか?
  • どんな家庭を作っていきたいのか?
  • 人生に何を求めるのか?

 

今の自分のステータスを把握することで、どんなアプローチを取ればいいか、分析できるかなーと思ったからです。

そんな時に参考にしたのがスタンフォードの人生がうまくいくシンプルなルール。

 

 

僕の根底には、「失敗したくない」「他人にバカと思われたくない」という完璧主義な性格があると推測できました。

この本で解説されている「アヒル症候群」のことです。

アヒル症候群は、表向きは自信満々に見せておきながら、本当のところはミスを隠していたり、ダメなところを決して見せないこと。

 

僕はいつの間にか、失敗や苦労を避ける、という欲求に負けていて、「ミスを隠そうとする」ようになってしまったかもしれないと。

責任のある立場だからこそ「失敗できない」「いい加減な判断はできない」「こうしないといけない」と完璧主義に走ってしまったんです。

 

→この本で僕が学んだこと

  • 挑戦や失敗は学びのプロセス
  • 失敗やミスは「新しい発見の機会」
  • 他人の評価が気になるのは「成功や幸せへの障害」
  • ストレスは悪くない、自分が仕事を大切に思っているサイン
  • 嫌われるのを恐れない、弱いところも見せて自分の基準で決める

 

健康的な体作り

メンタルの不調は体から、体の不調はメンタルから。

健康的な体作りは、メンタルにもいい影響を与えてくれます。

 

→僕が仕事を休んでから始めたこと

  • マインドフルネス瞑想 → 1日20分〜
  • ヨガ → 1日10分〜
  • 散歩 → 1日30分
  • HIIT → 2日に1回
  • 断食 → 毎日16時間断食(リーンゲインズ)
  • 健康的な食生活 →加工食品は食べない、野菜、果物を食べる
  • 良質な睡眠 → 8時間は寝る
  • 読書 → 月に5冊程度

「とにかく今は時間がある!」ってことで、体やメンタルにいいことは全てやろうと決めました。

継続して1ヶ月以上経ちますが、驚異的にメンタルは回復しています。

 

 


体調を崩すことはなくなり、怒りや悲しみといった負の感情が出てくることが少なくなりました。

休職当初は、ぶっちゃけ「死」も頭によぎりました。

 

ですが、今では前向きに物事を考えれるようになりました。

 


習慣は人を変えるって本当だったんですね。

そんな情報を全て提供してくれたのが、DaiGoさんのニコニコチャンネルです。感謝してもしたりません。

 

最高の人生を生きたい、そのために

自分を見つめ直し、体やメンタルに良い習慣をつけて、精神状態はよくなりました。

 

それで、これからどうするの?仕事は?

 

 

そんな時に、1冊の本と出会います。

有名な生き方本「LIFE SHIFT」です。

 

本の内容をざっくり書くとこんな感じです。

「100年以上生きる時代、どう生きればいいの?」

 

生き方に迷っていた僕は、すぐに手に取り、数日で読み切ります。

自分なりに大事なことをまとめると

  • 「65歳で定年→老後」という人生は終わる
  • 見えない資産を作ろう(スキル、影響力、健康、価値観)
  • 1つの会社に勤め続けるリスク

 

この本で、感じたことを砕いて書くと、、

65歳で定年なんて終わる。どうせ長く働くんだから「自分の好きなこと」を仕事にして、様々な企業でキャリアを積み、「見えない資産」を作って行けばいい。

最終的には、100年の配分を考えて、「労働を減らして休暇を増やす」方向に持っていこう。

 

そして僕が出した結論は、

「自分の好きなこと(興味のあること)」を仕事にしたい でした。

 

僕は、他人のことを気にしすぎるあまり「適応障害」になりました。

自分を大事にすることが、周りの人も大事にすることに繋がり、家族を大切に思えるんです。

 

そして、自分の好きなこと(興味のあること)を書き出していきました。

 

フロー状態になれるもの

フロー状態とは、めちゃくちゃ集中している状態のこと。

それくらい夢中になれるものってことです。

 

今自分が興味のあるもの、過去に熱中したものをリストアップしたのがこちら

  • 料理
  • テニス
  • クロースアップマジック
  • 自作パソコン
  • 動画編集
  • 一眼レフカメラ
  • 車のカスタマイズ
  • アフィリエイト
  • ライティング
  • ブログ
  • Web制作(プログラミング)

こうやってリストにしてみると、結構たくさんありました。

振り返ってみると、いろんなことを知りたかったり、挑戦したかったり、学びたい人なんだなーと改めて確信しました。

「興味があることを突き詰めて学ぶ」ことが僕の生き方なのかもしれません。

 

 

これを、心からやりたいと思えるものを、自分の価値観に落とし込んで、どれが家族のためになるかを考えました。

 

そこで「挑戦したい」と思ったのがプログラミングです。

 

プログラミングの挫折歴

実は、過去にもプログラミングに触れたことがあります。

 

小学校6年生:チャットと掲示板でホームページ作成

一番初めは小学校6年生だったと思います。

当時、各家庭にパソコンが普及し始め、みんながインターネットを使い始めた頃です。

自分の家にはパソコンはありませんでしたが、小学校のコンピュータ室に行き、「Yahooキッズ」や「一太郎」で遊んでいましたw

 

同年代の人はわかるかもしれませんが、

無料の掲示板サービスやチャットサービスが当時あって、誰でも無料でチャットや掲示板を作れたんです。

 

当時携帯電話を持っていなかった僕は、「みんなでゲームしながらチャットしよ!」とチャットサービスを使い始めます。

今の僕のWebへの興味は、この時代からきているんだなと思います。

 

さらに、ゲームで味をしめた僕たちは、掲示板を使おういう話になり、掲示板の中で遊びに行く予定だったり、秘密基地の計画だったりを書き込んで楽しみました。

 

そんなながれで、「チャットと掲示板をまとめられないか?」と思った僕は、無料ホームページスペース(多分Yahooのジオシティーズ?)で、ホームページを作り、そこにチャットと掲示板のリンクを貼って友人たちだけで使うホームページを作りました。

かなり好評でしたが、子供はすぐに飽きます。いつの間にか削除していました。

 

入社して数年:javaに挑戦するも挫折

入社して数年目で、「何やらプログラミングが熱いらしい」という噂を聞きつけ、「王道はjavaだろ!」ってことでjavaに挑戦。

簡単なアプリをテキスト通りに作り上げるも、挫折します。ドラクエみたいなゲームを作った記憶が・・

 

 

こんな挫折歴がありつつプログラミングに興味を持っているのは、やはりアフィリエイトとブログ運営の影響です。

WordPressのテーマを変えるだけで、綺麗なサイトを誰でも作れるのは驚きましたし、そのテーマはプログラミングで作られているのを知り、「自分でもできるかな・・?」と思っていました。

 

いつの間にか、Web上に自分が作ったものを公開できるWeb制作」に興味を持っていたんです。

 

「好き」を仕事に挑戦

今の職場にいて、10年20年後に自分がやっていることは想像がつきました。

それよりも、

  • プログラミングを極めて仕事にしたい
  • 世界に新たな価値を提供したい

医者ではなくて、自分自身の力で世の中に価値を提供したい。

この気持ちが一番大きかったです。

 

 

そして今、プログラミングに挑戦しています。

初めは何をしていいかわからず、とりあえずProgateをやったり、ドットインストールをやったりしていましたが、「転職に必要なスキルってなんなの?」という漠然とした不安を持っていました。

 

そこで、出会ったのが東京フリーランスさん30DAYSトライアル

「副業で稼ぐのに必要なスキル」「企業と仕事をするのに必要なスキル」を明確に示してくれるので、僕の不安を吹き飛ばしてくれました。

 


「プログラミングで行きていく」と決めたので、いつまでも職場にしがみついているわけにも行かない。待っているみんなにも失礼と思い、退職することにしました。

 

→プログラミングをやっていて感じたこと、魅力

  • とにかく夢中になる
  • 「もっと学びたい」と思える
  • サイトを作り上げた時の達成感
  • 自分のスキルが上がることの実感を感じられる

 

多分一人でほっといたら、ご飯も食べずにずっとパソコンの前にいると思います。それくらいフロー状態に入れるので、楽しい・・。

 

興味があることを突き詰めて学んでいく生き方に合致し、場所を選ばず自由な働き方ができるのがプログラミングです。

僕の価値観にぴったりなので、立ち止まらずに突き進んでいきたいと思います。

 

 

まずは、「Web系自社開発企業に就職すること」を目標に頑張ります。

 

「休職→退職」+「未経験」+「30歳」の合わせ技で大変かもしれませんが、諦めず頑張ります。

Twitterで色々と呟きますが、応援していただけたら嬉しいです。

 

長い記事でしたが、僕のストーリーを最後まで読んでいただいてありがとうございますm(_ _)m

 

これからもよろしくお願いします。(@kei_01011